原発事故と放射線の話

2011年3月11日に発生した東日本大震災(東北関東大震災)に端を発した福島第1原子力発電所の事象(事故)に関するニュースが連日報道されています。特に大気中に放出された核物質に関するニュースは地元福島のみならず、関東各県ひいては世界中の人々が大きな関心を持っており、様々な情報が飛び交っています。
私も報道やネット上の情報以外をもっている訳ではありませんので、あくまでも公表されている情報に基づいた判断をするしか無いのが現状です。その観点から原発事故と放射線障害の話をします。

先ず、原子力発電所の事故として真っ先に思い出されるのがチェルノブイリの事故です。1986年4月26日、現在のウクライナ共和国のチェルノブイリ原発4号機が炉心融解の後に爆発し、大量の放射性物質(広島型原爆500個分に相当するとの試算あり)をウクライナ、白ロシアを中心にヨーロッパ中に撒き散らしたものです。原発事故で亡くなった30名以外にも甲状腺の癌や白血病などの造血器障害で多くの方が間接的に亡くなったと推定されています。この史上最悪の放射能汚染事故に比べて今回の福島原発の事象はどの様なレベルなのでしょうか?

福島原発では現在1号機から6号機まで総て炉心は停止しており、現時点では炉心融解から爆発というチェルノブイリと同様の被害となる可能性は極めて低いと考えられています。大気中に放出された核物質は核分裂の際に生じる人工的な核物質である放射性ヨウ素とセシウムであり、これ自体は核燃料棒の損壊の可能性を示唆しています。しかし、放出された核物質の量は放射線量からの推定では、チェルノブイリの炉心爆発によるケースに比較すれば極めて少なく、原子炉内の水蒸気をベントから放出する際に同時に放出されたものもしくは外部のプールに保存管理されていた燃料棒から何らかの形で放出されたものと推定されています。

ニュースでは福島原発の正門前での放射線量が一時的(瞬間的)に2000μ/hシーベルトに達したなどと仰々しく報道していますが、これは我々が自然界から受ける一年間に受ける放射線被爆量である2400μシーベルトより少なく、急性放射線障害を発症する量の百分の一以下となっています。福島原発の現場で活動している方々は長時間の放射線被爆を受けるため、厳密な放射線被爆線量の管理が必要になってきます。しかし、放射線量は距離の二乗に反比例して減衰するため、離れた地点での放射線被爆の心配はありません。東京では0.1μシーベルト程度と、仮にこの状態が1年間続いたとしても自然界からの放射線被爆量と大差ない量となります。東京での急性放射線障害は現時点では全く心配する必要はありません。

次に考えなくてはならないのが体内に取り込まれた放射性物質による健康被害です。福島県産の原乳や茨城県産のほうれん草などが放射線物質の暫定規制値を上回ったために出荷停止となったなどの報道がありました。ただし、現時点での放射性物質の量はほうれん草でいえば数百kgという単位で摂取しない限りは健康被害を生じるものではなく、あくまでも念のための措置という側面が大きい様に思えます。これらの地域の農産物に対する風評被害が心配されます。ちなみに、暫定基準値の想定基準はその食品なり水を1年間摂取し続けたとした場合で5mシーベルトになる値です。これは、後述の長期健康被害の最低値の100mシーベルトの二十分の一、白血球減少などの一時的な障害が人体に生じる最低値である500mシーベルトの百分の一にしかすぎません。一年間毎日摂取してこの数字です。現実的には全く心配無用と考えます。

慢性的な障害については他にも、大気中に飛散した放射性物質が再び地上に降りてくるフォールアウトによる影響があります。フォールアウトは原発の付近で最も多くなりますが、放出の規模や風向きによっては離れた地域に影響を及ぼす事もあると言われています。また降雨などにより、離れた地点にも一時的に比較的高濃度の放射性物質のフォールアウトが生じる事もあります。
今回の福島原発の事象においては放射性ヨウ素やセシウムが飛散しています。放射性ヨウ素は甲状腺癌の頻度を増す事が知られておりますが、放射性セシウムはその半減期の長さもあり、長期的な発癌リスクを増す可能性があると言われています。しかし、その発癌リスクはチェルノブイリ原発事故の前後でのベラルーシ全域での人口10万人あたりの年間癌発症率で見ると、155.9±3.80(1976-1985)から217.9±3.4(1990-2000)と有意に上昇しているものの発癌リスクの増加は39.8%となっています。
あのチェルノブイリで、死の街と化した印象のあった地域ですら発癌リスクは4割増し程度なのです。今回の福島原発の事象は現在も進行中であるため最終的な事は言えませんが、飛散する放射性物質の絶対量はチェルノブイリのケースに比較して極めて少ない事が予想されるため、発癌リスクの上昇は現在屋内退避が出されている福島原発から20km~30km圏などでもチェルノブイリを上回る事は考え難く、ましてや東京など200kmの地点ではもっと低いリスク比となると思われます。
長崎の原子爆弾による被爆者の長期のフォローアップ調査でも、被爆量100mシーベルト(10万μシーベルト)での癌発生率の上昇は2%程度とされています。そのため今回の放射性物質による発癌リスクも、おそらくはタバコを吸う事による発癌リスクの上昇(喫煙者本人および副流煙による非喫煙者のリスクを含む)よりも小さなリスクとなるのではないでしょうか。もちろん低いリスクとはいえ、我々の生命に関わる事である以上、政府は情報収集や分析に全力を挙げ、的確な情報を公開する必要があると考えます。場合によってはアメリカ、フランス、ロシアなどの原子力先進国の協力申し出を受ける事などを含めて、真摯に取り組む必要があると思います。

セシウムなどの半減期が長い放射性物質が数十年をかけて長期的に発癌以外の健康被害や環境破壊をもたらす事への心配をされる方もいる様です。ロサンゼルスでは福島からの放射性物質が地球規模の環境破壊を引き起こすとの懸念が広がっているとの話を聞きました。しかし、セシウムなどの放射性物質は1980年まで行われていた大気圏内核実験などによって推定数百トンの放射性物質が地球全体に放出されていると言われています。それに比べれば、チェルノブイリですら10トン程度、福島ではキログラムの単位であると考えられるため、地球規模で見た場合の影響はごく僅かと考えられます。
また放射性ヨードの半減期は8.1日であり、環境中に放出したものも2ヶ月余りで千分の一となります。半減期が30年と極めて長い放射性セシウムは、環境汚染という観点からは長期にわたる影響があります。しかし、人体に摂取されたセシウムは100~200日で代謝、排泄により体内から出てゆくため、人体に影響を与えるのはこの期間のみです。

当、代官山パークサイドクリニックでもここしばらく患者様から、放射線障害に対する医学的な相談を受ける事がしばしばあります。前述の様に避難エリア以外(もちろん東京など首都圏も)の方々については全く検査の必要はありません。福島原発に出向いて作業を担当した方など放射線被爆が予想される場合は念のため血液検査で白血球の総数とリンパ球の数の測定などを行う事となります。また、必要に応じて甲状腺機能の測定やCT、MRIなどの画像検査、血液検査による腫瘍マーカーの中長期フォローアップも行う事が可能です。

放射性ヨードから甲状腺を守る働きがあるといわれる安定ヨード剤の内服の可否についても質問されます。首都圏の方々にとってヨウ化カリウムなどの安定ヨード剤は現時点では全く不要ですし、被爆した可能性のある方々も指示されるまでは内服するべきではないと考えます。ヨード剤が効果を発揮しているのは服用後2~3日のみであり、また被爆後2時間以内に服用すれば被爆前と遜色なく効果があるとの報告もあります。ヨウ化カリウムの長期服用はヨウ素中毒を生じる可能性があるため、服用は慎重に行う必要があります。ただし、チェルノブイリのケースではもともとの食生活でヨードが不足しがちだったため、甲状腺癌などの発生に拍車をかけた可能性があると言われています。ワカメのサラダや味噌汁、昆布の佃煮などを食生活に取り入れるだけでも十分に予防効果はあると考えます。

一般的に癌の発生は免疫力の低下と深い関係があると言われています。心配などのストレスは免疫力を低下させます。また、不規則な食生活や食品添加物、お菓子などでの砂糖の摂取も間接的に発癌を助長します。ぜひとも体に良い食品を規則正しく摂り、無用な心配をせずに暮らしましょう。前述のほうれん草などの葉物野菜についても放射線レベルは洗ってない状態のものであり、洗えば放射線レベルは1/5以下に落ちるとされています。個人的な意見を言えば、農薬などの残留物に何が含まれているか判らない輸入野菜よりは茨城県産のほうれん草の方が今後も安心な気がしますし、僕は国産野菜を今後も食べ続けます。

それでも心配で何かしたいという人には、免疫力を上げ、体質改善を促す東洋医学的治療を当院ではお勧めしています。上記の生活改善に加えて、漢方薬の内服をする事が有効と考えています。漢方薬は飲む人の体質に応じて処方を変えるため、一概には言えませんが、この様な場合は『補中益気湯』などの補気剤を中心に処方します。慢性的な疲労などにも効果があり、一石二鳥です。

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岡宮 裕 院長
1990年 杏林大学医学部 卒業 慶應義塾大学腎臓内分泌代謝内科に入局 横浜市立市民病院・静岡赤十字病院・練馬総合病院他 腎臓病・高血圧・糖尿病・血液内科やアレルギー疾患など内科全般の幅広い医療に従事。 代々木上原の吉田クリニックにおいてプラセンタ注射を使った胎盤療法等の様々な領域について研鑽を重ねる。 2009年 代官山パークサイドクリニック 開業 2011年 海外渡航前医療センター 開設

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