男性更年期障害(LOH症候群)が医学的にどう扱われてきたかについての歴史の話をします。
 それについての理解を深めるには、男性のみならず女性の更年期障害がどのように扱われてきたのか、また、社会における男性と女性の扱われ方の歴史をも考えていく必要があります。

 古来、まだ西洋医学が産声を上げる以前から、女性の年齢における心身の変化は広く認識されていました。
 例えば、東洋医学では、月経のある年齢の女性に特有の心身の変化、特に月経周期による変化や妊娠中、出産後の変化については、“血の道症”という、『血(けつ)』の異常という概念で説明されています。そこでは、閉経や閉経の前後の心身の変化=更年期障害についても、血の道症の一つと説明されており、特に閉経ないし更年期を特別な病態として扱っていないことが見て取れます。
 東洋医学的な考えでは、男性更年期は“腎気=先天の気”という生れながらに持っている生命エネルギーの減退ないし異常と考えられています。
 女性における“血”の異常は、月経周期中の変化も大きく、妊娠、出産でドラマチックに変化し、その終焉も閉経という目に見える形であるため、大きく急激な変化であり、それを自覚しやすいという特徴があります。
 それに対して、男性における“腎気”の減退は、目に見える指標に比較的乏しく、変化の度合いも比較的少ないうえに、終焉も判別しずらいという特性があります。
 また、東洋医学では、古来から女性は7の倍数の年齢で身体の大きな変化が現れ、男性は8の倍数で現れるといわれており、このことからも女性のほうが急速に身体の衰え=老いが顕われると考えていました。
 この事からも、古代中国に端を発する東洋医学では、男女の年齢による心身の変化には着目しているものの、更年期というものを特別視している訳ではないことが見て取れます。
 他の地域の伝統医学でも同様に、更年期を特別視してはいません。
 では、いつごろから更年期および更年期障害は特別視されるようになったのでしょうか?

 更年期が女性に関して、女性更年期という独立した病態で認識されるようになったのは世界的には19世紀末ごろからと言われています。丁度、西洋医学が台頭し、レントゲン撮影や血圧測定、血液検査などが医学診断に取り入れられていく頃です。
 その後1910年頃になると、医学以外でも女性の月経関連の事項について関心が高まります。その一つが欧米の女性犯罪者に関しての研究です。
 そこでは、犯罪を行った女性と月経周期に関連性があるとされており、様々な論文が書かれています。それから派生する形で、月経が心理状態、精神症状にも関与することが判明し、その延長線上で閉経における女性の肉体的、精神的変化を西洋医学的にも説明しようという試みが行われます。
 これが女性更年期および女性更年期障害の概念の確立につながっていきます。

 女性更年期障害という概念が確立した1910年台には、ドイツなどでは、『女性更年期があるなら、当然男性にも更年期があり、男性更年期障害というものがあるはずである』という見解がしばしば打ち出され、活発な議論がなされましたが、男性にも更年期障害があるとういう見解は少数にとどまっていました。

 1930年頃になると、それまで症候学的に考えていた女性更年期障害を内分泌学的な見地で捉えようという事になってきます。西洋医学得意の数値化による病態の診断です。
 その結果、閉経の前後で、卵巣から分泌される女性ホルモンが大幅に減少することが判明し、これにより女性更年期障害の諸症状が生じるとされました。
 また、更年期障害が女性ホルモンの不足によって起こるのであれば、それを医療的に補ってやれば症状は改善するはずだという観点から女性ホルモン補充療法が提唱され、実際に治療として使われるようになっていきました。
 女性ホルモン補充療法(HRT)は、冷え、のぼせ、発汗、イライラ、不眠などの更年期の主要症状を改善するのみならず、肌や髪の質の改善などにも有効であるため、更年期症状の治療のみならず、様々な観点より広く治療がなされるようになって行きます。

 その点、男性更年期障害については、当該男性の男性ホルモン値を測定する限りでは、女性更年期ほどの大きな差は現れないという結果となりました。
また、男性にとって50歳台という年齢は、仕事や名誉などの社会的な面、健康や寿命に関して大きなストレスを抱える時期でもあり、心理的状況や精神科的病態の関与による症状と容易に見分けることが出来ないとして、それ以降は、男性更年期障害という病態は存在しないという方向に舵を切る結果になりました。
また、例え男性更年期障害が存在するとしても、男性ホルモンの優位な低下がないものに安易に男性ホルモンを補充することが良いことなのか、という事も、男性更年期障害の概念と治療方針の確立を阻んだ原因となりました。
このような背景があり、男性更年期の診断や治療が進んでいかなかったのです。

次回は、我が国の男性と女性の更年期障害の歴史と、その概念の定着の裏にある社会的背景についてお話したいと思います。

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岡宮 裕 院長
1990年 杏林大学医学部 卒業 慶應義塾大学腎臓内分泌代謝内科に入局 横浜市立市民病院・静岡赤十字病院・練馬総合病院他 腎臓病・高血圧・糖尿病・血液内科やアレルギー疾患など内科全般の幅広い医療に従事。 代々木上原の吉田クリニックにおいてプラセンタ注射を使った胎盤療法等の様々な領域について研鑽を重ねる。 2009年 代官山パークサイドクリニック 開業 2011年 海外渡航前医療センター 開設