新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)による感染症COVID-19は、2020年5月現在、感染拡大のスピードはやや鈍化した感はありますが、いぜんとして終息はもとより抑え込みに向かうにもほど遠い感があります。
また、例え一時的に抑え込みに成功したとしても、今秋以降の再流行=第二波の到来は不可避であるとの見解がアメリカ国立アレルギー感染症研究所から出されていることを見るにつけ、万全の準備を整えなければならないと考えます。
そのために最も重要であり、期待されるのが新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)のワクチンの開発ですが、これには最低でも一年半かかると言われており、2020年の秋、冬には間に合いません。
また、ワクチンが開発されても、そもそもワクチンというものは発症を100%防いでくれるものではないため、感染初期から重症化阻止まで幅広い治療法の確立が望まれます。
現在、各国は総力を挙げて治療薬の研究開発、治療法の検証を行っています。
2020年5月の時点での新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の治療について、確立した手法(エビデンスレベル)から、まだ評価が定まっていない不確実なものも含めてまとめてみる事とします。(ちなみに、評価が定まっていないものを、私は冗談を込めて“都市伝説レベル”と呼んでいます。)

新型コロナウィルス感染症(COVID-19)は、感染成立から平均5日の潜伏期間を経て最初は発熱や軽度の咳、咽頭痛などの軽い風邪の症状として発症します。発症した人の80%は単なる軽症の感冒として、通常の風邪よりはやや長目ではあるものの、おおよそ一週間程度で治癒します。この軽症の人は、特にこれといった特別の治療は必要ありません。(もちろん、他者に感染させるリスクの軽減という観点から隔離は必要ですが。)
COVID-19発症者の残りの20%は比較的重い症状となります。COVID-19が重症化すると、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)という病態を生じ、最悪の場合は死に至ります。それを避けるためには、人工呼吸器による呼吸補助を行い、さらにはECMOと呼ばれる体外式膜型人工肺による生命維持が必要になる場合もあります。ここに至ると患者様自体が死に至る可能性があるばかりではなく、医療機関への負担も大きくなり、医療崩壊に繋がることとなります。医療崩壊が起これば、重症者に治療が行き渡らず、救命できる命が救えなくなる可能性があります。かような事態は何が何でも避けなければなりません。
そのため、COVID-19に関しては、発症初期から病状に応じて適切な治療を行う必要があり、特に重症化する患者には厳重な経過観察が欠かせません。
しかし、発症初期には、誰が軽症で経過し、誰が重症化するのかはわかりません。これが難しいところです。
この難しい新型コロナウィルス感染症(COVID-19)、では今の段階ではどの様な治療が検討されているのかを、あくまでも現時点での私の私見ではありますが、とりあえずまとめてみたいと思います。

先ずは、ある程度治療効果や理論が確立した=エビデンスレベルの治療法についての話です。
新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が流行している時期に感冒症状が出た場合は、先ず行ってはいけない事としては、市販の総合感冒薬を飲むことです。総合感冒薬は、COVID-19のみならず、通常のインフルエンザウィルス感染症に於いても発熱や咳などの症状を軽減させる代わりに病状を悪化させます。新型コロナウィルス感染症(COVID-19)においても軽症で経過する人においては、総合感冒薬により病状が悪化しても生命にかかわることはなく、せいぜい治癒までの期間が若干長くなる程度で済みます。
しかし、ARDSに至るような重症化例では、発症初期の総合感冒薬の内服は結果的に生命を左右する事にもつながりかねません。
私的には、発症初期には漢方をお勧めしています。理想的には医療機関で診断のうえ処方してもらう事が良いと考えますが、難しい場合は市販の漢方薬、例えば葛根湯、小青竜湯などを薬局で買って飲むと良いでしょう。葛根湯系統であるカコナールなどでも良いかもしれません。

また、新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)に対して直接効果があるものとしては、イベルメクチンという寄生虫疾患の治療薬がウィルスの増殖を抑制する効果があるため、初期の投与には最適ではないかと思います。(イベルメクチンは本来、寄生虫のクロライドチャンネル阻害薬という薬剤ですが、同時に我々ヒトに対しては、細胞質タンパクの細胞の核内に移行するのを阻害するという作用もあるという事。これが、結果的に各種のウィルスの増殖を防ぐ様なのです。)

発症者のうち、無症状ないし軽症の人は隔離の上で、症状に対する対症療法で経過観察とされます。この時点では、効果や副作用が確立していないウィルス治療薬を飲むべきではありません。
ましてや、インフルエンザで行われるような、COVID-19発症者の家族など濃厚接触者に対しての抗ウィルス薬の予防投与は行ってはいけません。(予防投与の例として、インフルエンザの場合は予防内服としてタミフルを半量で7から10日間内服することなどが行われています。)

症状が悪化の傾向が垣間見えた場合、例えばCTで肺炎所見が出てきたなどのケースでは、医師の判断のもとで新型インフルエンザ治療薬であるアビガンの投与がインフルエンザなどの通常治療量の3倍量で行われます。現在、我が国ではアビガンの試験投与が広く行われますが、投与時期が早目の方が効果的とされているため、悪化の傾向が出た場合は即座に投与が必要となります。(軽症者に投与した場合の重症化予防についてはまだ結論が出ていないため、現時点では軽症でも念のため投与という事は行われません。)

それでも悪化し、人工呼吸器を使う状況になった場合には、現在一酸化窒素ガス(NO)の投与がアメリカで日本人医師によって試験的に行われています。一酸化窒素ガスは現在、新生児や心臓手術時の肺高血圧の治療に使われているものですが、全身の血圧を維持したまま肺動脈の圧力を低下させる効果を持ちます。そのため、COVID-19による急性呼吸窮迫症候群=ARDSを生じた時の肺機能の悪化を防ぐのには最適と考えられます。現在わが国でも、商品名アイノフロー吸入用800ppmという一酸化窒素の投与が行われる様です。

他にも病態が悪化した場合に効果が期待できる薬剤としては、レムデシビルがあります。レムデシビルは、コロナウィルスなど一本鎖RNAウィルスに対し、ウィルスのRNAポリメラーゼに混乱を生じる事でウィルスのRNA産生を抑制する薬剤で、静脈注射の形で投与されます。レムデシビルはもともとエボラ出血熱およびマールブルグウィルス感染症の治療薬として認可されていますが、旧来のコロナウィルスを始めとする様々なRNAウィルスの治療に応用できると考えられています。
レムデシビルは、中国・武漢に始まりアメリカでも投与が行われ、効果のほどは諸説あるものの、ある報告では重症化したCOVID-19患者の死亡率を11.6%から8%に低下させるなど一定の効果が期待できる様です。我が国でも、レムデシビルの医薬品としての認可を特例として緊急に行う事を2020年5月2日に発表しており、一週間程度で承認される運びとの事です。

ARDSなどCOVID-19が重症化する場合のメカニズムとして注目されているのが、“サイトカインストーム“という現象です。サイトカインというのは、細胞から分泌される低分子タンパク質の総称で、主に免疫系の細胞から産生され、身体内の情報伝達を司ります。
新型コロナウィルス感染症(COVID-19)を始めとした感染症による炎症が生じると様々なサイトカインが分泌され、それに従って身体の各所で様々な生体反応を起こすことによってウィルス感染を制御しようとします。
サイトカインの分泌は、感染防御や身体機能の維持に欠かせない重要なものですが、同時に身体に対しても負担をかける諸刃の剣といった側面もあります。ウィルス感染に対するサイトカインの過剰分泌によって、身体に却って重大な状況を生じる事をサイトカインストームと言いますが、COVID-19による短時間での急激な呼吸機能の悪化はサイトカインストームによると言われています。
サイトカインストームの判りやすい例としては、劇場など封鎖空間での火事の時に例えると良いと思います。火事に対しては、速やかに避難する事はとても重要です。しかし、パニックを起こし皆が一斉に出口に殺到すると大混乱を生じ、却って被害を拡大します。この状態がサイトカインストームです。
サイトカインストームを防ぐための方策として注目されているものとして、炎症性サイトカインのひとつであるIL-6の受容体を阻害する事で炎症反応を低下させる注射薬トシリズマブ(商品名:アクテムラ)です。
アクテムラは本来、自己免疫疾患である関節リウマチが重症化した時の治療薬として使われているものですが、これがCOVID-19によるサイトカインストームに対しても有効であるという報告があります。
アクテムラは注射として投与されますが、数時間で効果が発現する即効性と効果の持続性に優れるたいへん使い勝手の良い薬です。問題となるのは通常量でも9万円程度という薬価の高さですが、生命のリスクと集中治療を要する期間の低減につながる事を考えれば十分に価値があると思われます。

サイトカインストームに有効な治療法には、他にも効果的な薬があります。次世代の血液がん治療薬である選択的ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)阻害剤、アカラブルチニブ(商品名:Calquence)です。ブルトン型チロシンキナーゼ=BTKは過剰免疫反応におけるサイトカインの過剰産生に大きく関与するといわれているため、COVID-19のサイトカインストームにも有効である事が予想されます。2020年4月以降、英国の開発メーカーを中心に国際協力のもとCALAVI試験という臨床試験が急ピッチで行われています。

他にもCOVID-19に対して有効な薬剤の候補があります。
カモスタット(商品名:フォイパン)という膵炎治療に用いられる内服薬がCOVID-19の初期治療に有効である事が、2020年3月にドイツで発表されています。カモスタットは、COVID-19を引き起こす新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)の感染初期に起きるウィルスの外膜と身体の細胞の細胞膜の融合を阻止する働きがあるとされており、ウィルスの侵入過程を防ぐ事が期待できるという事です。
カモスタットに似た構造の注射薬ナファモスタット(商品名:フサン)はさらに効果的で、カモスタットの1/10の濃度で効果が発現するとの事です。
カモスタットもナファモスタットも、我が国では長い間膵炎の治療薬として使用されており、副作用など安全性のデータの蓄積も多く、比較的安心して使える薬剤と言えるでしょう。

2020年5月4日に緊急事態宣言の期限延長が発表されるなど、まだまだ先が見えない新型コロナウィルス感染症(COVID-19)ですが、治療方法の検証は確実に進んでいます。大いに期待が持てる状況であると考えます。

他にも、十分な検証がなされていない事項についてもお話します。
我が国のCOVID-19に対する政策については妥当かどうか意見が分かれる所ですが、死者の数が少ない事はとても良いと思います。
日本人の死者数が少ない原因の一つとして幼少期に結核予防のためにBCG接種が行われているためという説があります。BCG接種を行っている日本を始めとした東アジア諸国などと、BCG接種を行わないアメリカ合衆国やヨーロッパ諸国とで、統計的な優位さをもって死者数が違うのです。
しかし、何故BCG接種がCOVID-19の死亡数の低下につながるかの理論的な根拠が無く、なおかつ通常は幼児期に接種するBCGワクチンをCOVID-19対策としてそれ以降の年代に接種して効果があるのか、安全性はどうなのかも判りません。また、従来接種が済んでいる人が追加接種すべきか否かなどについては極めて慎重に見極めなければならないと思います。

もっと検証がなされていない“都市伝説レベル”の話もします。
COVID-19の発症者には、有意に喫煙者が少ないという事が中国・武漢でも、イタリア、フランスでも言われています。新型コロナウィルスに感染しにくくするにはタバコを吸っていた方が良いもしくはニコチンを摂取した方が良いという結果が出たのです。
新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)が細胞に侵入しようとするレセプター=受容体にタバコの中のニコチンが結合する事で感染確率が下がるのではないかという仮説がフランスで検証されているとの事です。
しかし、例えその仮説が正しかったとしても、COVID-19の喫煙者の死亡率は、非喫煙者の死亡率の1.7~14倍、平均3倍とされています。感染確率が若干低下する利点を考えても見合う取引ではありません。また、喫煙は肺機能の低下や血圧の上昇など基礎疾患の悪化も招くため、COVID-19の生命リスクという観点からはタバコはやめるべきと考えます。感染確率は減少するが死亡リスクは大幅に高まる、例えれば、戦国時代の矢玉が飛び交う戦場で、矢玉を避け易くするために鎧を脱いで着流しで戦う様なものです。やめた方が良いと思います。
また、喫煙者本人は感染確率が減少する効果があったとしても、家族など周囲の人間は、間接喫煙の被害で重症化のリスクを背負う事はあっても、感染リスクの低下というメリットは一切ありません。周囲の人の事を考えるとやはり禁煙あるのみと考えます。
同様に、現時点では、COVID-19感染予防のために、禁煙補助剤としてのニコチンパッチを使うという事も推奨できません。
さらに最新の研究では、ニコチンは、新型コロナウィルスが細胞に感染する際の侵入経路となる、血圧をコントロールする役割を担うアンギオテンシン変換酵素受容体(ACEレセプター)を活性化してウィルスの侵入を生じやすくするという仮説も出ています。(この仮説だと、COVID-19感染者の喫煙率が若干低いという統計結果を説明できないという面はあるのですが・・・。)
アイコスなどの新型タバコについても同様のリスクが存在していると考えられており、やはりやめる必要があると考えます。

以上、2020年5月6日時点で分かっている新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の治療にまつわる話の私的まとめでした。

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岡宮 裕 院長
1990年 杏林大学医学部 卒業 慶應義塾大学腎臓内分泌代謝内科に入局 横浜市立市民病院・静岡赤十字病院・練馬総合病院他 腎臓病・高血圧・糖尿病・血液内科やアレルギー疾患など内科全般の幅広い医療に従事。 代々木上原の吉田クリニックにおいてプラセンタ注射を使った胎盤療法等の様々な領域について研鑽を重ねる。 2009年 代官山パークサイドクリニック 開業 2011年 海外渡航前医療センター 開設