葛根湯ってどんな漢方?

葛根湯というと、“風邪(感冒)をひいたときに飲む漢方”というイメージがあります。
もちろん、感冒にも良く効くのですが、実は、保険適応になるものだけでも次のような疾患に効果的です。

肩こり,頭痛,寒気(感冒以外でも),結膜炎,角膜炎,中耳炎
扁桃腺炎,乳腺炎,リンパ節炎,神経痛,じんましん

他にも、あっと驚く疾患や症状にも効く場合があります。また、感冒の際の葛根湯には驚くほどの即効性や他の症状への波及効果もあります。奥が深い、葛根湯について説明します。

「葛根湯」の成分は

葛根湯は、2000年近く前にまとめられた漢方の原典とも言うべき、「傷寒論(しょうかんろん)」、「金匱要略(きんきようりゃく)」にも収載されている、最古の漢方薬の一つです。
「葛根湯」は、下記の7種類の生薬より構成されています。
葛根:体表の邪熱を発汗清熱する作用
麻黄:発汗解表
桂枝:シナモン。発汗作用。麻黄との組み合わせで発汗の相乗効果が見込める。
芍薬:筋肉の緊張の緩和。過剰発汗を抑制する。
大棗:ナツメ。脾胃を補う。身体の緊張を緩和する。
生姜:ショウガ。解表作用。脾胃を補う。嘔気を止める。
甘草:上記の生薬の調整を司る。

「葛根湯」が効く病態とは?

葛根湯は、どうやって効くかを、感冒時を例にとって説明します。
先ず、感冒を発症、すなわち風邪をひくとは、東洋医学的にはどう考えられているのかという所から説明します。

東洋医学的には、風邪とは、邪悪なるもの(外邪)が吹く風に乗ってやってきて、我々の首筋に取り付きます。ここで言う外邪とは、具体的には、ウィルスだったり、寒さや雨に濡れたなどの環境要因だったりします。
最初は、身体の表面に取り付いた外邪は、徐々に身体表面(東洋医学的には“表(ひょう)”と言います)から身体内部(同じく“裏(り)”)へと侵入して行きます。

この状態の事を、東洋医学では、「太陽病(たいようびょう)」もしくは太陽傷寒と言います。冬型の感冒の初期症状を思い浮かべて頂けるとよく判ると思いますが、発熱と悪寒(おかん=寒気の事)を感じても、汗はかかない(かけない)。だるさ、関節痛、頭痛、鼻水、咳、咽頭痛などがあり、ともかく全身の違和感がある。こんな状態になります。
身体所見的には、体温の上昇があり、脈が速くなります。東洋医学的には、脈の状態を主に見ます。脈が「浮脈(ふみゃく)」というフワフワと浮いた状態の独特の脈となります。「浮緊(ふきん)の脈」と、より具体的に表現する場合もあります。
この様な太陽病の状態を呈している時は、葛根湯が効きやすい状態にあると思われます。

東洋医学的には、診断の手段として、他にも舌と腹を見る事があります。
太陽病など、表(ひょう)に病態が限局している場合は、身体内部には大きな変化が生じていないため、舌には大きな変化はありません。もっとも、他の病気が隠れていないか、葛根湯を安全に飲めるかなどを診るために、直接的には関係ない部位の診察も行うのは、東洋医学でも、通常の内科の診察でも同様であるため、舌診を行うのは重要な事です。
同様に、東洋医学的にお腹を見る腹診(ふくしん)でも、普段と大きな差は出ません。臍の直上に過敏な圧痛点を認める場合があり、葛根湯が効く良い鑑別点になると言っている先生もいらっしゃいますが、私には、その細かい所見までは良く判りません。
むしろ、腹診を行う意義としては、先ほどの舌診同様病態の見落としが無いかの確認と、葛根湯を安心して飲めるかの判断という面が大きいと思います。

葛根湯は、飲む人の体質(東洋医学的には“証(しょう)と言います”)を比較的選ばない、多くの人が飲む事が出来る漢方薬です。感冒での内服など短期間であれば、体質【証】はあまり気にしなくても大丈夫ですが、長期間内服する場合や、極端に胃腸が弱い既往や所見がある場合は、葛根湯には成分として麻黄が含まれるため、胃痛などの症状を呈する事があります。この場合は、桂枝湯や桂枝加葛根湯など、葛根湯以外の漢方を選択する方が良いかもしれません。

また、傷寒論の原文には、葛根湯の適応は以下となっています。
「太陽病、背こわばること几几(しゅしゅ)、汗無く、悪風する証」
  ※几几(しゅしゅ)とは、短羽の鳥が飛び立つ際の首を前掲させる様子を言う。
   “きき”と読むという説もあり、この場合は強くこわばる様を指す
   いずれも、首筋から背中が強張る事をさした言葉
この傷寒論の記述からは、首筋、肩、背中が強張る、凝る病態には、葛根湯が良く効くという事が読み取れます。実際に、傷寒論の記述どおり、感冒はもちろん、首の寝違えや肩こりにも葛根湯はよく効きます。

「葛根湯」が効く仕組み

感冒の時は、外邪は、身体の表面から内部に侵入しようとします。それを、外に押し出す事が出来れば、感冒は早く治す事が出来ます。実際に、我々の身体は、自己治癒力でその方向へと誘導します。西洋医学的には、感冒の初期というのは、ウィルスが身体に侵入してすぐの時期に、免疫系の緊急展開部隊であるナチュラルキラー細胞(NK細胞)がウィルスの怒涛の進撃のスピードを必死に抑えつつ、主力部隊であるキラーT細胞の到着を待つ状態に当たります。
この感冒の初期に著効する薬は、西洋薬には理論的にも実際上も存在しません。
しかし、葛根湯などの漢方薬は、この初期の状態の時にも確実に効果を発揮してくれます。

葛根湯は、先ず、成分の一つである生薬の“葛根”の効果で、身体表面の邪熱を発表解散させ、首筋や肩、背中などの筋肉を緩め、血流を良くします。また、胃腸にも良い作用をもたらします。胃腸の調子が思わしくない時に、葛湯を飲んで良くなった経験がある人もいると思います。特に、胃腸型の感冒の時は、無益な下痢を止めるといった、嬉しい作用もあります。西洋薬の総合感冒薬などを飲むと胃腸に負担がかかるため、胃腸型の感冒では、熱は下がったが、薬の副作用で胃腸症状を悪化させてしまうという事がしばしばありますが、葛根湯などの漢方薬では、その様な事態を避ける事が出来ます。

また、同じく成分の麻黄と桂枝のコンビが、発汗を促し、体の表面にある外邪を発散させます。感冒の時に、大汗をかいて治るという状況を作る、もしくは自己治癒を早めるという仕組みです。
麻黄と桂枝のコンビによる発汗作用は強力なのですが、時として行き過ぎて体温を必要以上に低下させてしまう事もあるため、芍薬がバランサーとなって、過剰な発汗を抑制します。
大棗と生姜は、胃腸(東洋医学では脾胃(ひい)と言います)に効果を発揮し、栄養摂取や東洋医学的に見た生命エネルギーの摂取を助け、胃腸症状の緩和はもとより、自己治癒力(自然治癒力)の増強に寄与します。
甘草は、生薬相互の連携を強めると考えられています。また、苦いと感じられる漢方薬に甘みを持たせる事で、飲みやすくするという面も持ち合わせています。

葛根湯は、外邪を初期に発散し、排除する事が出来れば極めて短時間で感冒を治す事が出来ます。非常に即効性があるのです。
その即効性という点から見ると、葛根湯は飲むタイミングが極めて重要になってきます。具体的に言うと、悪寒や熱、倦怠感、関節痛を自覚したら、すぐに葛根湯を飲む事、「早ければ早い程良い」のです。漢方は食前服用が原則だから、それまで待とうという必要はありません。すぐに飲む事が最重要です。

葛根湯は、医療機関でも各メーカーのものを処方可能です。顆粒状の漢方が基本的な形ですが、錠剤のものも処方が可能です。また、OTCという形で、薬局でも取扱いがありますが、医療用に較べて、配合されている生薬の量が少ないなどの問題もあり、できれば医療機関で処方してもらう事をお勧めします。
その他、コンビニや駅の売店に並んでいる“カコナール”など、葛根湯を液状にしたものもあり、出先で急に感冒症状を自覚した時などは便利です。とにもかくにも、タイミングを逃さずなるべく早期に服用する事が、葛根湯のもつ即効性をいかんなく発揮する事につながります。
また、この感冒の初期のタイミングでは、市販のものを含めた西洋薬の総合感冒薬は、理論的にはまだ効かないので、悩まずに葛根湯を飲む事をお勧めします。

総合感冒薬を飲むと、副作用でボーっとしてしまう人も多いのではないかと思いますが、葛根湯はその点でも安心です。眠くなる成分が一切入っていないために、葛根湯の副作用でボーっとしたり、眠くなったりする事は一切ありませんし、麻黄の効果として、適度な覚醒効果があるため、逆にシャキッとします。感冒などではなくても、疲れたり冷えたりして体調が悪い時に葛根湯を飲むと、結構体調が良くなります。もちろん西洋薬の感冒薬を感冒以外の時に頻繁に服用する事は良くないと考えますが、葛根湯に関しては、その様な心配は無用です。

もちろん、葛根湯などの漢方薬は副作用が少なく、気軽に内服できるという側面はありますが、医薬品である以上、医師に相談の上で適切に内服する事、副作用などの発現が無いかどうかの診察を行う事は重要と考えます。
また、循環器系の疾患を持っている方や、低カリウム血症を生じやすい方については、葛根湯の内服が適切ではない場合が有りますのでその点からも、医師の診断の上内服をする必要があると考えます。

「葛根湯」の温める効果について

感冒薬として葛根湯を使う場合のもう一つの利点として、体を温めるというものがあります。
感冒の時に熱が出るのには理由があります。体の自然の防御機構として発熱が生じるのです。熱を闇雲に下げるという事は、この自然の防御機構を阻害し、結果的に感冒の治癒を遅らせる事となります。
もちろん、過度の発熱は、病原体だけではなく、体にも被害を来しますので、その場合は消炎鎮痛剤などで適切に解熱するのは理にかなっています。
しかし、過度の発熱などが無い場合も含めて、全ての感冒に消炎鎮痛剤や総合感冒薬を内服するのは、感冒をいたずらに長引かせるだけで、お勧めできません。
感冒の治療は、原則的には葛根湯などの漢方薬を中心に、症状がひどい時には、消炎鎮痛剤を併用するのがベストであると考えます。

また、西洋薬の感冒薬は、基本的に冷やす性質を持っている薬ですが、これは上記の治癒力の低下以外にも悩ましい点があります。胃腸に負担をかけるという側面です。
感冒の時には、状況にもよりますが、胃腸の不調を伴う事が少なくありません。
冷やす属性のものを摂取すれば、それが薬であろうが飲食物であろうが、胃腸には負担になります。
総合感冒薬などは、胃腸型の感冒の時などに内服すると、しばしば下痢や腹痛などの症状を悪化させます。
もちろん、最初から胃腸型の感冒と判れば、総合感冒薬を避けるという選択も出来ますが、感冒は初日から全ての症状が出る訳ではありませんので、特に感冒の初期に飲む薬は、胃腸に影響しない薬が望ましいと考えます。その点、葛根湯などの漢方薬の内服は最適と考えます。
感冒に伴う胃腸症状の一部は、葛根湯の温める作用のみでも治癒してしまう事も有ります。そういった面でも、体を温める葛根湯などの漢方は良いですね。

ただし、体質によっては、葛根湯の成分の麻黄が、胃腸の不調をきたす人もいますので、その点はあらかじめ医師に診断してもらって、葛根湯の服用が最適かどうか診てもらうことが望まし良いと考えます。

消炎鎮痛剤や総合感冒薬には、上記の冷やすという属性による胃腸の被害に加えて、胃粘膜を直接障害するという副作用もあります。そのために、食後に内服する様に指示される訳ですが、食事をするまで薬を飲めないというのは、感冒の薬としては、やや悩ましいものになります。
副作用の胃粘膜の障害を懸念して、総合感冒薬や消炎鎮痛剤と胃薬を合わせて処方する場合もしばしばあります。これによって、副作用の胃腸症状が減ったという患者さんもいらっしゃいます。
しかし、西洋薬の消炎鎮痛剤と胃薬を併用しても、副作用で胃潰瘍になる確率は全く減らないというデータもあります。いずれにしても、西洋薬の感冒薬を飲むという事は、胃腸の事を考えると、あまり好ましくは無いと言えますね。

「葛根湯」の驚きの効果  ~落語「葛根湯医者」で考える~

江戸時代のヤブ医者の事を題材にした「葛根湯医者」という落語があります。面白いのでここに載せますが、葛根湯に関しては、面白くて驚きの見方もできます。

〈落語・葛根湯医者〉
江戸時代は、医師免許なんざぁ無かった時代でして。葛根湯医者というのがございまして、何でも葛根湯を飲ませたがる。
 「お前さんはどこが悪いんだ?」
 「先生、どうも頭が痛くてしょうがないんですがね。」
 「そりゃあ、頭痛だな。葛根湯やるから飲みな。次の人は?」
 「腹がしくしく痛むんでさぁ。」
 「腹痛てえんでぇ、そりゃ。葛根湯やるからお飲み。そっちの方は?」
 「どうも足が痛くって、しょうがねえんでさぁ。」
 「足痛(そくつう)ってんだ、そりゃ。葛根湯やるから、一生懸命お飲み。次は?」
 「あっしは目が悪くってねぇ。」
 「ん、そりゃいけねえなぁ。目は“まなこ”といってなぁ、一番肝心なところだぞ。葛根湯やるからせいぜいお飲み。そのお隣は?」
 「いや、兄貴が目が悪いから一緒に付いて来たんで。」
 「そりゃあご苦労だなあ。退屈だったろう。葛根湯やるけど、飲むか?」
お後がよろしい様で。

 とまあ、何でも葛根湯を飲ます葛根湯医者でした。
 これは、葛根湯しか出さない(出せない)医者を揶揄した落語ですが、実はこの葛根湯医、
一概にやぶ医者とは言えないかもしれないのです。

「葛根湯」の効く病気はこんなに多い

 龍野一雄著の「新撰類聚方」によると、葛根湯は以下の病態にも良く効くとなっています。以下に抜粋します。
① 感冒、流感、肺炎、麻疹、丹毒、猩紅熱、脳炎、髄膜炎、日本脳炎、リンパ節炎、扁桃腺炎、中耳炎などで、発熱・悪寒・頭痛、項背部がこるもの、あるいは軽度の咳嗽、咽頭痛などを伴っても良い。
② 肩こり、四十肩、五十肩、高血圧症による肩や首のこり、首が回らぬもの(寝違えなど)、腰痛、関節リウマチなど。体質的には実証で、腹部に変化無きもの。
③ 破傷風初期、小児ひきつけ、脊髄空洞証などで項背強急するもの。
④ 口が開かぬものに著効例あり
⑤ トラコーマ、結膜炎、眼瞼炎、網膜症、虹彩炎、急性球後視神経炎などの眼病で、頭痛項背強張るもの。ただし、下痢の証(体質)のないもの。
⑥ 副鼻腔蓄膿症、鼻炎、肥厚性鼻炎などで頭痛項背強張るもの。
⑦ 気管支喘息で表実頭痛または項背が凝るもの。
⑧ 皮膚炎、湿疹、蕁麻疹などで、発赤強く分泌の無い表証のもの。
⑨ フルンケル、カルブンケル、面疔、背癰、皮下膿瘍、筋炎などで発熱頭痛または悪寒などの表証のあるもの。
⑩ 急性腸炎、急性大腸炎で発熱頭痛または悪寒など表証があるもの。
⑪ 夜尿症の治癒例あり
⑫ 乳児の無声症の治癒例あり

実に多岐に渡る効果がある事がお判り頂けたと思います。
また西洋薬の感冒薬や消炎鎮痛剤が、薬の副作用として眠くなったりボーっとしたりするのに対して、葛根湯の場合は、成分の麻黄の効果で覚醒効果があります。そのため、例え風邪では無い時でも、疲れた時、寝不足や退屈した時などに飲むと、少しシャキッとするのです。
学校などの試験の当日に風邪をひいたときなどは、総合感冒薬を服用すると、熱や頭痛は抑えられますが、脳の機能は低下します。その点、葛根湯は、内服によって脳の機能が上昇する可能性すらあります。こんな時にも葛根湯は便利ですね。

先ほどの落語の葛根湯医者、頭痛にも、急性の腹痛にも、目の炎症疾患にも、足の筋肉痛にも、病人の付き添いで疲れてボーっとしている人にまで葛根湯を飲ませていました。
しかし、これらの症状のいずれにも葛根湯が効くという、落語家もビックリの幅広い効果があるのです。
葛根湯、実に奥の深い漢方ですね。

しかし、何でも葛根湯を処方すれば良いという訳ではありません。
漢方は、同じ感冒でも、証(体質)の違いや、感冒の初期か中期かなどの病期によっても、最適な漢方薬は異なってくるなど、西洋薬とは違った面でのきめ細かな診断が重要になってきます。

当、代官山パークサイドクリニックでは、葛根湯の処方はもちろん、患者一人一人に最適な漢方を心がけております。
ぜひ、気軽にご相談ください。

さて、葛根湯の奥の深い世界をご理解頂けたと思います。
えっ、パソコンで細かい字を見て、いろいろ漢方の事を考えてたら目がしょぼしょぼして頭は重いし疲れてきちまったって。
 「そいつぁ、いけねえ。葛根湯あげるから、是非ともお飲み。」
   お後がよろしいようで。

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岡宮 裕 院長
1990年 杏林大学医学部 卒業 慶應義塾大学腎臓内分泌代謝内科に入局 横浜市立市民病院・静岡赤十字病院・練馬総合病院他 腎臓病・高血圧・糖尿病・血液内科やアレルギー疾患など内科全般の幅広い医療に従事。 代々木上原の吉田クリニックにおいてプラセンタ注射を使った胎盤療法等の様々な領域について研鑽を重ねる。 2009年 代官山パークサイドクリニック 開業 2011年 海外渡航前医療センター 開設

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